ホイアンナのエーデルな日々 -2ページ目

自由

私は、自由の中にいたい。

そして、自由とは空だ。
風だ。

自分の中にあるのだ。

素敵な共鳴。

何かに憑りつかれた
仰天の人生。

その人たちのエネルギーが
畳み込まれている場所にアクセスする本。

そして、本という鍵を手にし、
見事に繋がった人。
同じ周波数で共鳴し、バトンを受け継ぐ。

それはとても素敵な姿。
そんな時間によって出現した作品と、
あなたの声を聴けることが、
何よりの幸せ。

先駆者からのプレゼントのようでもあり、
未来へのギフトのようでもあって。

常に、私たちの人生は、
プレゼントをもらって、
ギフトをしていく連続なんだと
気づかせてくれる
素敵な時間をありがとう。

カキカキ。

カキカキしたいのだが、
全く時間がとれぬまま、
ここまで爆走している感。

疲れた。

この疲れを取るには、
書くしかないということは
わかっているのだけれど。

疲れた。
疲れたよ、のぅ。

一週間くらい、
どこかでノビてたら復活するだろうか。

カキカキ5

毎日、ほんの少しの時間だけど、
書ける時間が、私を大きな何かに
つなげていてくれる気がする。

そして、その時間は特に、
あなたが生きていてくれること、
この世で出会えたことへの
感謝が強まるから不思議。

カキカキ4

ひとりではなくて、
集合している。

意識が。

どこかで誰かが、
あなたのやり方で
やはり何かを進めている。

私は、私のやり方に
熱中しはじめている。

動いている。
動きに乗るのではなく、
一緒に動いている。

だから、むしろ、
加速感や躍動感は感じないけれど、
確実に動いている。

カキカキ3

例えば、書いていて、
何か変だな、と思ったときに、
ちょっとここのリズムが変なんだよね、とか、
展開してない感あるよね、とか、
そんな話ができる人が、
すぐそばにいてくれたら、
それは幸せでしょうな。

もちろん、それは、
誰でもいいわけないからさ。

脳内で、勝手に会話して楽しんでます。
怪しいな♪

カキカキ2

私は、かなりのビビリでありまして。

その分、私を取り巻く環境は
とても優しくふんわりしている。

最近、このことに気づいたのですよ。
本気のハード設定だったら、
多分、耐えられないんだろうね。

多分、他の人が私の人生やってみたら、
おこちゃまローラーコースター的な
印象を持つんじゃないだろうか。

親から、家族から、周りの人から、
こんなにも愛をもらって生きてるし。
ヨロヨロしながらも、
人生、生きたいように生きてるし。

それでも、本人、七転八倒なんだから
冷静に考えると笑える。
よほどのビビリと思われる。

ビビリ、本日も、自分の気持ちを大切に
ヨロヨロ生きていきますです。

書く1

仕事は大好きであるし、
こんなに恵まれた仕事と働き方を
享受できることには
己の強運を思わざるを得ない。

仕事の発展は、大きな喜び。
仕事によって充実感も持てる。

でもそれは、
脳ミソ好みの刺激だったのだと、
最近、ようやく気がついてしまった。

刺激は刺激だから、
中毒性があるわけだけど、
あまり続くと、何か違和感が出る。

疲労感とは別物の、
何か満たされていない、
独特の感覚がついてまわる。

そんな時、ゆっくり自分をみると、
書いてよね!と、プンプン怒っている
自分がいるのである。
心のほうに。

小さい頃から、思い付いたら
文でも音でも撒き散らす方だった。

だから、根元的に、
表したいタイプであることは認識している。

ところが、どうやら、
撒き散らして表現できれば、
なんでもいいわけでもないらしい。

なんでもよいから、書けば
心が満たされるかというとそうでもなくて、
心が欲している何物かを書くように
むしろ説教を受けてしまう感覚。

という訳で、すったもんだの末、
これを書くのだろうな、という意識は
年々強くなってはおる。

もはや、痛々しい思い込みが使命感と
名を変えそうな危険水域まで
やってくるくらいには。

ま、さっさと書けよ、って話。

そんなこんなのプロセスを経て
気づいてしまったことがあるのだが。
どうやら人は、頭で恋愛ができるらしい。

え、そんなの常識ですか。
そら、すんません。

いや、あたくし自身が、この、
頭と心の感覚が捉えられるように
なってきた今、過去を振り返ると、
なんか頭で恋愛してたなーって
思うことばかりでしてね。

結構、惚れっぽいっていうか、
この人もいいけど、この人もいいね、
みたいな感じっていうか。

平たく言えば、ぐらんぐらん。
で、すぐ執着するのね。
頭だから。

でも、心と頭の違いを
なんとなく自分が体感してから、
心が作り出す想いの質的な違いに
驚いておりまして。

その人が存在してくれることへの
喜びというか、感謝というか。
想いがここにあることへの、
喜びと感謝というか。
そんなものに満ち溢れる。

そして、本当にぶれない。
不思議なくらい。

むしろ、ぶれてほしいんだけど。笑
消えてほしいんだけど、いい加減。笑
あんな思いしたのに、なんで、また。笑

消えていいっすよ、って、
ぶっちゃけ語りかけてるんですがね。
心は平気の平座。

でもね、私は、私の心を
大切にすると決めているのでね。

この文章も、自分の心を
大切にしているから書いているだよね。

この想いが、私をどこに連れていって
くれるのかって、それも面白いじゃない。

ま、とりあえず、
改めて書きはじめましょうか、ですな。

ありがとう。

私が、いまこの瞬間、
この私であるのは、
どこかにあなたがいてくれるからです。
あなたのエネルギーがあるからです。

感謝をこめて。


ウロコです、ウロコ。

そうかそうか、なんだなんだって。

ようやく自分の中ですっきりしたことがありまして。

 

いやね、私、自分が誰かを愛する事に関して

昔から妙に自信があったのです。

私は、あなたを愛せる、っていう自信。

 

だから、それを相手に伝えたこともあったけど。

実は、自分の中で、そこはかとない違和感というか、

あまりに根拠なさすぎて自分でも引くというか、

なんかそんな部分があったのですよね。

 

そりゃ、言われた方はもっと引くだろう的な。

でも、そう思っちゃったんだから言うし的な。

 

ところが、今日、ふと気付いちゃったのだ。

 

私が感じていた自信って、

「私があなたを愛すること」に対しての自信じゃなくて、

「私の好きという気持ちを自分で愛し抜いてあげること」

に対する自信だったんだってことに!!!

 

違和感ゼロ!

そういうことか!

 

という訳で、私は、自分の好きという気持ちを

自分で愛し抜いて生きていこうと思い直した本日でございました。

 

これは、なかなかの。

自分的、エポック。

 

ずっと好きでいられる自分でよかったな。

もちろん、これからも。